香綾会の成り立ち

香綾会の成り立ち

篠崎省吾先生(高6回生・昭和39年〜平成3年香椎高校在籍)より寄稿

香椎高校同窓会は、大正14年(1925)3月、福岡県立香椎高等女学校の第1回生の卒業により始まる。第1回の同窓会は大正14年11月29日、学校長の主管で開催され、学校を会場に恒例行事とされた。
香綾会の名称は、昭和14年の校歌、校旗(校章)の制定に続いて、昭和17年(1942)、当時教員であった佐伯トキ子先生(香椎高女1回生、初代香綾会会長)が、香椎宮の宮司に依頼したところ、香椎宮の神木「綾杉」に因んで「香綾会」と命名された。以来、昭和23年(1948)学制改革により、香椎高女と私立香椎中学が合併して、福岡県立香椎高等学校が誕生したが、同窓会は女学校部会、中学校部会、高等学校部会をもって香綾会の組織とした。(三部会の他に併置中学校部会、高校定時制部会もあった)
香綾会の目的は、会員相互の友誼を厚くし、母校の教育活動を支援することである。記録として残されているのは、創立40周年(昭和32年)茶室「香綾庵」を、創立50周年(昭和42年)には「香綾会館」を会員の募金により建設、寄贈(県に移管)した。他に戦後、外地から引き揚げて来た卒業生たちの生活支援や、母校に教育機器を贈ったことも伝えられている。

香綾会支部の成り立ち

母校の創立50周年を前に開催された理事会の席で、会の目的達成の為には、拡大する会員の組織化を進め、県外の地区別の支部、県内では職場別、地区別、体育部・文化部のOB会別等の組織化を進めることが急務とされるとの意見が一致した。
昭和44年(1969)には、県外の組織作りと、「40周年・50周年の記念事業にご協力いただいた会員に直接会ってお礼を言いたい」と言う佐伯トキ子会長と、当時事務局を担当していた篠崎省吾(高6回生)は、広島を皮切りに岡山、大阪、京都、東京、千葉、茨城と回り、周辺に住む会員と一緒に会合を開き、支部の組織化を進めた。
関東、関西地区では、昭和44年以前から、女学校、中学校、高校それぞれに同窓会は開催されていたが、この頃から会長・事務局が定められ支部の組織化が進んだ。


支部の県別エリア・会員数

「香綾会平成17年度版名簿より」
東北・北海道支部 43名
関東支部 1,128名
中部支部 151名
関西支部 419名
本部 18,643名
全会員数 20,384名
県名下の数字は、会員登録数



北海道
23
青森
1
秋田
2
岩手
2
山形
3
宮城
8
石川
3
富山
2
新潟
5
福島
4
長崎
96
佐賀
127
福岡
17937
山口
63
島根
10
鳥取
6
兵庫
106
京都
33
滋賀
20
福井
0
長野
11
群馬
6
栃木
9
茨城
32
熊本
97
大分
82
広島
75
岡山
28
大阪
210
奈良
41
岐阜
13
山梨
4
埼玉
177
千葉
208
鹿児島
46
宮崎
42
和歌山
9
三重
14
愛知
88
静岡
31
神奈川
295
東京
381
愛媛
8
香川
9
沖縄
10
高知
2
徳島
5